トラックや船、鉄道、航空機など、貨物はさまざまな輸送手段で運ばれます。なかでも、日本の物流で大きな役割を果たしているのが、トラック。全日本トラック協会『日本のトラック輸送産業 現状と課題2021』によれば、輸送した重量(トンベース)でみると約90%、輸送した重量に貨物の輸送距離を考えた数値(トンキロベース)でみても約50%と、トラックが国内貨物輸送の大半を担っているといいます。
しかし、長年懸念されているのがトラック輸送の環境負荷の大きさです。1トンの貨物を1km運ぶときに排出されるCO2排出量を比べると、トラック(営業用貨物車)は225gであるのに対し、鉄道は18g、船舶は41gと、トラックのCO2排出量が突出しているのです。
そこで、トラック輸送から「鉄道や船舶といった環境負荷の小さい輸送方法に変えよう」という取り組みが注目されています。これがモーダルシフトです。
2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、日本では「温室効果ガスの排出量を2030年までに2013年度比で26%削減する」という中期目標を掲げており、物流分野での低炭素化には、モーダルシフトが大きな効果を得られると期待されています。
また、モーダルシフトは、環境負荷の低減だけではなく、ドライバー不足への対策としても有効と考えられています。高齢化や若手不足、長時間労働…などに加え、2024年には、トラックドライバーにも時間外労働時間の上限規制が適用されるため、トラックドライバー不足はより加速することが予想されています。
モーダルシフトは500kmが目安
環境負荷低減の取り組みとして、モーダルシフトを検討している企業も増えているかもしれません。しかし、物流業界の問題に大きな効果がある一方、気を付けるべきポイントもあるはず。そこで今回は、日通総合研究所の中嶋理志さんにお話をお伺いしました。
「鉄道や船舶であれば、一度に大量に輸送することが可能になります。しかし、一般的には輸送距離が500kmを超えないと、コスト面で鉄道や船舶にシフトするメリットはないといわれています。また、CO2排出量を考えてみても、500kmが目安となるといえるでしょう。単純に鉄道・船舶のみで輸送するのであれば、CO2排出量はガクンと減るのですが、その前後の集荷・配達というところは必ずトラックを使用します。実際に、鉄道で輸送距離が300kmくらいの距離ですと、鉄道とトラックのCO2排出量は変わらないという話もありました。500km以下の距離で鉄道を使っているという企業はほとんどないですね」
500kmというと、東京から大阪間くらいの距離。これよりも短い距離で、CO2排出量・コスト面でともにメリットを出すには、集荷・配送拠点を貨物駅の近くに置くなど、なにか工夫が必要になってきそうですね。
トラック・鉄道・船舶では、揺れ方の質が全然違う!
それでは、トラックと鉄道、船舶では、“揺れ”の違いなどはあるのでしょうか?
「トラックは、ほとんどが上下の揺れです。エアサストラックの場合は、通常のトラックに比べ上下の揺れは少なくなりますが、その分横の揺れが出るようになります。船舶では、海のうえにいるときは『揺動』といってゆっくりとした揺れが発生しますが、天候が悪い場合を除けば、貨物に影響するような揺れはほとんどありません。そして鉄道では、『微振動』といって細かく特徴的な揺れが発生します。大まかな固有振動数は、トラックは1秒間に20回、船舶は波が荒れているときで1秒に0.1回、鉄道は1秒に200回くらいです」
揺れ方が全然違うんですね。数値で見ると、鉄道がより細かく小刻みに揺れているのが一目瞭然です。精密機器など振動に弱い貨物は鉄道だとちょっと心配になってしまいます。
「そうですね。以前はメーカーさんから『鉄道輸送は避けてほしい』と要望がある貨物もありました。医療機器のCTなどです。でも最近は、精密機械でも梱包で耐えうるようにパッケージの開発を進めていて、鉄道でも問題なく輸送できるようにはなってきてはいますよ。
ただ、いまでもメーカー側が鉄道輸送NGとしている貨物もあります。たとえば発電機のガスタービンは、微振動で見えないところにひびが入る危険性があって、使用時に大事故につながってしまう恐れがあるためです。微振動は貨物によってはどんな危険を発生させるかわからないという、未知の世界でもあります」
鉄道輸送は貨物事故を防ぐ“養生”がカギ
実際にモーダルシフトに移行した企業が、苦労しているのはどんなところでしょうか?
「先ほどパッケージの開発というお話をしましたが、鉄道輸送の際の養生に苦心されている企業さまが多いですね。養生というのは、荷崩れや荷擦れの対策で、貨物の隙間にエアバッグやボードを入れたり、ストレッチフィルムの巻き方を変えたり、パレットの積み方を変えたり、パッケージを新たに開発したり…。こうした養生は、鉄道会社ではなく、荷主や物流会社が開発・管理をしていかなければならず、企業、商品ごとにさまざまな工夫がなされています。
輸送方法で貨物の事故率を比べているデータはないのですが、トラックと比べると鉄道の貨物事故率は1000倍にもなるといわれています。鉄道は一度に大量に輸送できる分、貨物事故が起きたときの被害も大きくなるんです。
鉄道でとくに多いのは荷崩れと荷擦れ。荷崩れはトラックでも発生しますが、荷擦れは鉄道特有の貨物事故です。微振動によって箱同士が擦れてしまうと、紙粉という粉が出るのですが、それが輸送中に宙に舞って、取っ手の部分から中に入ってしまうんです。とくに食品の場合は、紙粉が出るとすべてが貨物事故となります。たとえ中身に問題はなくても、箱を開けてきれいに入れ直すという作業をしなければならず、その分手間やコストがかかってきます。紙粉のほかにも、荷擦れによって、バーコードや消費期限が見えなくなってしまうこともあるんです。
輸送方法をシフトするときには、トライアル輸送といって実証実験をするのですが、実際にトライアルをして、貨物事故率が上がってしまったためにモーダルシフトを断念したというケースもありますね」
トライアル輸送ではどんなところを見るべきなのでしょうか? また、回数の目安などはありますか?
「どういう状態をもって貨物事故とするかは、商品によっても企業によっても変わってくると思います。貨物事故の問題点を見極めるには、トライアル輸送の回数は、最低でも2回、上を見るとキリがないという感じですね。トライアルを何回やるべきかというのはなんともいえませんが、輸送方法の開発メドとしては1年くらいが目安だと思います」
ハイブリッド方式のモーダルシフトもアリ
そのほか、モーダルシフトにおいて、注意すべきことはありますか?
「根本的な話になるのですが、日本の鉄道貨物輸送は、貨物列車ではなく旅客列車のダイヤが大前提にあります。旅客列車のダイヤが大きく減ることはあまりないので、貨物列車の本数が増やすことも難しいと思います。また、コンテナ貨車は最長でも26両編成。つまり、鉄道輸送には上限があるんです。
また、旅客列車で人身事故があると、貨物列車も影響を受けます。トラックなら『高速がダメなら下道で』という方法が取れますが、鉄道輸送の場合はそれが不可能。鉄道へ輸送方法を変える際には、こうした鉄道特有の事情は考慮しなければなりません。
東日本大震災が起きたとき、鉄道輸送を使っていた企業は船舶輸送にシフトしたのですが、その後鉄道が回復してから、鉄道輸送に戻ったという企業は、実はほとんどないんです。船舶の貨物事故の少なさは大きなメリットですし、配達の日数を比べても、たいして変わらないといった事情もあるようです。内陸に拠点があったり、輸送距離が長かったりする場合には、船舶と鉄道を組み合わせたハイブリッド方式で、より利便性を高めてモーダルシフトを構築していく形を検討するのもひとつの方法だと思います」
モーダルシフトというと、CO2排出量の少ない鉄道が注目されてきましたが、鉄道も船舶もどちらも利用できると考えると、新しい輸送ルートが広がりそうですね。
今後、大きく変化すると予想される日本のトラック輸送。環境のためにできる取り組みを考えてみませんか?
日通総合研究所 シニア・コンサルタント
中嶋理志氏
<プロフィール>
輸送環境試験所において包装評価試験業務に従事。トラック、鉄道、船舶、航空の各輸送モードにおける振動衝撃や温湿度の計測を多数実施、包装貨物のさまざまな事故に対する原因調査や対策方法のコンサルティングを行う。NASAの保冷輸送プロジェクト、輸送防振プロジェクトなどに専門家として参加。防振資材などの開発にも携わる。公益社団法人 日本包装技術協会 包装管理士講座・講師。
※取材当時の社名・役職名です。現在は株式会社NX総合研究所に社名変更されております。
【株式会社NX総合研究所 ホームページ】
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