物流リスク管理の基礎と実践〜実践編〜

2024 1/29
物流リスク管理の基礎と実践〜実践編〜

前回の記事では基礎編として、既存の統計を元に説明してきました。しかし、実際には、トラックを走らせて、貨物を運んでみないと分からないことがあります。


また、近年、情報通信技術の進化に伴い、衝撃加速度や温度・湿度などの輸送環境を記録するデータロガーの小型化・大容量化が進むとともに、人工衛星を利用したGPSにより全世界的に位置情報の取得が可能となりました。

このように、輸送中の貨物に対して市販されているデータロガーの各種製品を用いることで、
「いつ、どこで、どのような」環境で輸送されてきたのかを、安価かつ容易に把握することが可能となりました。

そこで、この記事では、実践編として、衝撃・振動の対策を中心とした輸送環境の計測の実際について解説します。

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目次

輸送環境計測のポイント

2. 地理情報を用いた輸送環境の調査方法

表1: 走行実験における計測、表2:各軸の加速度の特徴、表3:代表的製品の易損性

トラック輸送において、トライアル走行における速度や衝撃度の計測結果が多数報告されていますが、その多くは位置情報がないために、どこの地点や区間で問題が発生したのか詳細な情報を把握することができません。

そこで、GPSと加速度センサーを用いることにより、時刻をキーとして、衝撃、振動、温度・湿度などの貨物の状態の情報とともに、位置や速度のようなトラックの走行に関する情報を統合化することで、

輸送環境の「見える化」が可能となります。

地理情報システムを用いた輸送環境における計測機器の設置については、【表1】のようにまとめられます。衝撃加速度や温度・湿度に関するセンサーについては、貨物の状態を正確に把握するために、貨物に直接設置するか、貨物の積載されているコンテナや荷台の床面にしっかりと固定して設置します。

一方、GPSについては、衛星からの信号を受信できるように、運転台付近に設置します。国境を跨いた輸送になる場合は、計測機器自体が通関手続きの対象となることがあるので、注意が必要です。

衝撃・振動の調査で用いる計測機器については、振動の計測機器は大型で高価な機器となりますので、調査に要求される精度(サンプリングレート、応答周波数、測定分解能など)に応じて、衝撃のみを対象とするのか、振動も含めるのかによって選択することになります。計測結果の記録の時間間隔は、ロガーのメモリや電池の容量を考慮した上で、加速度センサーとGPSで同じ時間間隔とした方が2つのデータの同期が容易となります。

3. 輸送環境調査から分かること

計測された衝撃加速度の各項目から分かる特徴については、【表2】のようにまとめられます。

路面状況の良し悪しは上下方向のみならず、
衝撃を抑えるために急な減速をすることから前後方向、路面の悪い箇所を避けるために車線変更をすることから左右方向の加速度にも影響を与えます。

評価指標としては、貨物へ最も大きな衝撃として局所的な状況を評価する「最大値」とともに、貨物への平均的な衝撃として区間の全体的な状況を評価する「平均値」が挙げられます。また、貨物への総合的な衝撃を評価するために、3軸の合力を用いることも考えられます。

得られた計測結果を用いて、どのような荷物を運ぶ場合に、衝撃に対するリスクが高いのかを調べることが重要になります。

代表的な製品の対衝撃強さを表す易損性に関する指標である許容加速度(Gファクター)が【表3】のように報告されています。
対象となる貨物の許容加速度と計測された衝撃加速度の最大値を比較することによって、輸送の可否を判断することが可能となります。
しかし、許容加速度の原点を調べてみると、19○年の米軍の調査レポートに行き着くことから、相当昔のデータが元になっています。
そこで、落下試験を活用し、対象となる商品の許容加速度を調べておく必要があります。

(出典:渡部大輔、三明亮介、百田大輔、松井一:メコン地域の陸路輸送における輸送環境の評価に関する研究、 日本物流学会誌、 21、 183-190、 2013。
斉藤勝彦、長谷川淳英「輸送包装の基礎と実務」幸書房、2008。日本包装学会「包装の事典」、朝倉書店、2001)

ASEANの輸送環境

1. はじめに

前近年、ASEAN域内において、
水平分業の進化によるサプライチェーンの空間的広がりが見られており、道路インフラの整備とともに陸路輸送の活用が進められています。

そこで、

今回は、インドシナ半島を横断するバンコク・ハノイ間を対象として、
衝撃加速度と位置・速度に関する計測機器を設置したトラック走行実験で得られたデータを用いて、
輸送環境の評価を行った結果を報告します。

なお、本報告は、損保ジャパン日本興亜株式会社との共同研究の成果に基づいています。

図1: 走行実験ルートと区間、図2:衝撃加速度の最大値

2. トラック走行実験の概要

2011年10月11日から4日間かけて、【図1】のようにタイ・バンコク近郊からベトナム・ハノイ近郊まで、第二メコン国際橋とラオスを経由しました。なお、今回の走行においては、ラオス籍のトラックを利用したため、途中の国境における積み替えは不要であるため、途中での荷役作業はありません。

実験では、積荷に対する衝撃を計測するためにコンテナ後方に加速度センサーを設置し、トラックの位置と速度を計測するためにトラック運転台にGPSを設置し、走行終了後にデータを回収しました。データは5秒毎に記録され、時刻をキーとして位置情報と速度、衝撃度の関係を把握しました。調査員はトラックを追走し、路面状況や気象等の記録を行いました。

3. ルート上のどこで強い衝撃を観測したか?

【図1】において丸で示されている主要地点を用いて25個の区間に分割し、
区間名は国別に
[T:タイ、L:ラオス、V:ベトナムとし、TL:タイとラオスの国境(第二メコン国際橋)
としました。

衝撃加速度の最大値は、【図2】のように、タイ(国道2号線、ナコーンラーチャシーマー県内)、ラオス(国道9号線、サワンナケート県東部)、ベトナム(国道1号線クアンビン省内、ハノイ近郊の高速道路)において、非常に高い衝撃が見られました。中でも、ベトナム国内で強い衝撃を観測していますが、この理由として、路面が悪くても通行量が多いために避けることができなかったこと、夜間や雨天の区間もありドライバーが路面状況を把握することが困難であることが考えられます。

各軸の大小関係は全般的に上下>左右>前後という順序関係が見られますが、ラオス国内においては上下<左右という順序関係が見られます。この理由として、ラオス国内区間においては路面状況が悪い箇所を避けるために、大きく車線変更をする必要があったことが考えられます。つまり、ラオスは通行量が少ないため大きな穴を避けられたため左右方向に強い衝撃を観測しましたが、ベトナムの場合は通行量が多いため大きな避けることができなかったため上下方向に強い衝撃を観測したわけです。

特筆すべく衝撃の低い区間は、タイ・ラオス国境のメコン川にかかる第二メコン国際橋です。ここは日本の援助で造られた橋梁であり、約2kmの短い区間とは言え、いかに丁寧な仕事しているかが分かるかと思います。

4. このルートは安心して使えるのか?

今回の走行実験における衝撃加速度の最大値と、前回紹介した代表的製品の「易損性」とを比較すると、前後・左右方向は問題ないものの、上下方向は「極度に壊れやすい製品」の許容加速度に近い区間が見られることから、当該製品を運ぶ場合には包装や梱包、固縛に注意を要するものの、通常の貨物を運ぶ場合には問題にならない程度の衝撃であると分かりました。なお、日本貿易振興機構による調査において、一部区間において同様の計測が行われており、上下方向の衝撃加速度の最大値は16G程度であり、本調査と同程度であることが報告されています。

しかし、実際には、貨物の包装や梱包、コンテナ内部の積付の状態により、積荷への衝撃は大きく変化します。
また、現在、路面の悪いラオス9号線は、JICAにより道路の補修作業が進められており、路面状況が著しく向上することが見込まれます。
つまり、陸路輸送の活用については、実際の貨物を使って、定期的に現地の状況を確認することが必要でしょう。

(出典:日本貿易振興機構「ASEAN物流ネットワーク・マップ2008」日本貿易振興機構、2008。
渡部大輔、三明亮介、百田大輔、松井一:メコン地域の陸路輸送における輸送環境の評価に関する研究、 日本物流学会誌、 21、 183-190、 2013)

中国の輸送環境

1. はじめに

近年、中国における消費社会の成熟化に伴い、インターネット通販市場の急激な拡大とともに、宅配便の取扱数が急激に増加しています。
その一方で、荷扱いの荒さなどからクレームも急増しており、輸送品質の低さが問題となっている。

そこで、本報告では、中国・上海を対象として、宅配便各社での衝撃加速度と位置・速度に関する計測機器を設置した貨物を
輸送過程で得られたデータを用いて、輸送環境の評価を行った結果を報告します。

なお、本報告は、損保ジャパン日本興亜株式会社との共同研究の成果に基づいています。

図1: 走行実験ルートと区間、図2:衝撃加速度の最大値

2. 中国上海市内における宅配便実験の概要

春節前の比較的荷量が多い2014年1月下旬、上海市内東部の浦東新区内から西部の徐匯区内まで、宅配便企業5社(日系1社:J1、欧米系2社:W1・W2、中国系2社:C1・C2)を対象に実施しました。

今回は、2種類の衝撃記録計(ロガー1:最大50G、ロガー2:最大20G)を用いて、3軸加速度(前後、左右、上下)を計測しました。 ロガー2の方が計測可能な最大加速度が小さいことから、同じ衝撃を受けてもロガー1より小さい値が記録される可能性が高くなります。

貨物の動静状態を把握するため、衝撃計測データ及び各社Webサイトから確認した配達状況から、物流センターでの積降や仕分、留置中であると推定される「保管中」とトラック等で移動していると推定される「輸送中」に貨物の状態を分類しました。

3. 中国の宅配便の荷扱いは?

計測した衝撃加速度の合力に関する最大値は、【表1】のようになります。

ロガー1では日系企業J1の方が欧米系企業W2より衝撃が小さく、ロガー2では欧米系企業W1の方が中国系企業C1、C2より衝撃が小さいという結果となりました。また、貨物に与える衝撃の原因について、日系企業J1のみが輸送中の方が大きな衝撃を受けていることから、荷役よりも道路状況の悪さが問題であることが分かります。

自由落下試験の結果を用いて、各社における衝撃加速度の最大値から落下高さに変換すると、日系企業J1が最も低く、その他の欧米系及び中国系企業は1m以上からの落下と推定されました。

4. このルートは安心して使えるのか?

今回の輸送実験における落下高さの最大値と、日本、米国での報告事例を比較すると、【図1】のようになります。
落下高さは、日本においては1m以下、欧米では1m以上であることから、中国国内での日系企業J1は日本国内とほぼ同程度、欧米系及び中国系企業は欧米と同程度であることが分かります。つまり、日系企業の宅配サービスは、日本と中国で大きな違いがなく、荷扱いの丁寧さは他社と比べても非常に高いということが言えます。

しかし、前回も説明したように、貨物の包装の状態により、積荷への衝撃は大きく変化しますので、
実際に使用する包装貨物を使って、定期的に各社の状況を確認することが必要でしょう。

(出典:渡部大輔、張 寒石、森 梓、松井 一:中国における宅配便の輸送環境の評価に関する研究, 日本物流学会第31回全国大会予稿集、77-80、2014.
Singh, S. P. 他: Measurement and analysis of ‘small’ packages in next-day air shipments, Packaging Technology and Science, 23, pp.1–9, 2010.
斎藤勝彦・久保雅義・劉 剛: 宅配便における荷扱いの現状分析, 日本航海学会論文集, 99, pp.117-124, 1998.)

著者: 東京海洋大学
渡部大輔(わたなべ だいすけ) 

東京海洋大学大学院
海洋工学系流通情報工学部門 准教授

2006年筑波大学大学院システム情報工学研究科修了、博士(工学)。
海上技術安全研究所研究員、東京海洋大学助教を経て、2011年より現職。
専門は、社会システム工学、物流リスク工学、空間情報工学。

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